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夏期合宿 木曽駒ケ岳 2日目
2026年7月31日(金)
宝剣山荘・炊事…(10分)…中岳(2925m)…(13分)…頂上山荘…(20分)…木曽駒ケ岳(2956.3m)…(14分)…頂上山荘…(9分)…中岳(2925m)…(9分)…宝剣山荘・テント撤収…(24分)…宝剣岳(2931m)…(26分)…宝剣山荘…(2分)…乗越浄土…(55分)…千畳敷駅(m)-(駒ケ岳ロープウェイ)-しらび平駅-(伊那バス)-菅の台…こまくさの湯・入浴…菅の台-(伊那バス)-すずらん通り…駒ヶ根バスターミナル-(京王バス)-バスタ新宿・解散

夏期合宿2日目は、朝4時に起床しました。昨日の乗越浄土への最後の登り、今日の起床の時にも体調が悪くなった部員がいました。各自、ゆっくり一休みしたら、回復しました。朝食を作り、食べ、荷物を整理し、宝剣山荘と木曽駒ケ岳を往復するのに必要な荷物をザックに入れました。パルスオキシメーターで、血中の動脈血酸素飽和度と脈拍数を測定しました。部員たち全員、安全に登山を出来る数値でした。最後に顧問のター先生が部員たちの靴紐の結び具合を確認にしました。まずは中岳へ登りました。途中、他の登山パーティーの方々より、「昨夜、子どもたちと夕食を作っていた学校の先生ですよね。応援してますよ。」と声を掛けられました。炊事の時に中1女子に手を焼いていたター先生の様子が伝わっていたらしい。少し霧がかかっていましたが、部員たちは「日頃空で見かける雲の中にいる」と盛り上がっていました。

中岳に着くと、霧が晴れ宝剣山荘や宝剣岳が良く見渡せました。頂上山荘を目指して一気に下りました。岩の上に大きな石がゴロゴロと転がっている登山道の歩きは少し大変でしたが、部員たちは元気に進みました。頂上山荘の近くで服装を整え、木曽駒ケ岳の頂上を目指しました。木曽駒ケ岳の頂上に着くと、穂高岳などの北アルプスの山々、甲斐駒ケ岳など南アルプスの山々まで見渡せました。木曽駒ケ岳からの景色を眺めながら暫く休んだ後、宝剣山荘を目指しました。

宝剣山荘に着いたら、さっそく団体装備を整理し、テントを撤収しました。テントを少し乾かし、ザックに入れました。高校生部員たちが、「宝剣岳に登りたい」と申し出ました。2人の顧問で手分けして、高校生部員が宝剣岳を往復する間、中学生部員が宝剣山荘の前で待機しました。宝剣岳の往復は、中岳、木曽駒ケ岳に比べ、険しい岩場でした。頂上も凄く狭く切り立った所でした。次々と登山者が登って来るので、頂上で写真を撮ってから、宝剣山荘をめがけて早々に下りました。高校生部員たちは、鎖の付いた岩場の登り下りの体験に盛り上がっていました。宝剣山荘で中学生部員、顧問ター先生と合流し、しらび平駅を目指して、登山道を下りました。団体装備を背負っての下りは、転ぶことも多いので要注意です。ちょうど沢山の登山者が登って来たので、すれ違いに時間がかかりました。

しらび平駅でアイスを食べながら一休みし、駒ケ岳ロープウェイに乗りました。部員たちは、窓際を陣取り、伊那盆地や南アルプスの山々を眺めながら下って行きました。伊那バスに乗り、菅の台で途中下車をし、こまくさの湯という温泉に入りました。汗を流し、着替えをし、のんびり休んでいたら、予定の高速バスの時間が迫ってきました。少しスリリングな展開になりましたが、予約した高速バスに乗れる時間に駒ヶ根バスターミナルに着きました。高速バスに乗ると、中学生部員の中にはぐっすり寝着く者も居ました。高校生部員たちは、まだ余力がありました。

初日にバスタ新宿に集合した時、中学生たちが結構な大きさのザックを背負って来たので、「大丈夫かな?」と思いましたが、全員元気に歩きました。今回の合宿が5月連休の高川山に始まり、景信山、大菩薩に続き4回目の登山でしたが、部員たちは山を歩くことにずいぶんと慣れてきたようで、身のこなし、歩く速さ、表情も見違えるほど変わりました。中1女子は5人とも虫が苦手らしく、伊那バスの中や高校生の宝剣岳往復を待っている時に、虫が飛んできて大騒ぎになりました。

中1B組 たおり 山々に囲まれて過ごした2日間
東京に帰った今、思い返すと山岳部に入っていないとできないようなとんでもない数多くの体験をすることができた合宿だったと思う。地上では岩をつかんでフラフラになりながら登ることによって生じる達成感は感じられないだろうし、少し硬い野菜の入った料理を心の底から美味しく感じることはできないと思う。私の人生で初めての合宿がバスに4時間乗って終わるかもしれなかったけど、先生の素早い対応のおかげで何とか続けることができた。登る前から少し腹痛がしていて薬で何とかしていたけど、登っている途中に再発症、さらに高山病による頭痛がしてかなりつらくなったけど、無事に山頂に立つことができた。テントの中で安静にしていたら、どちらもよくなって本当に良かった。食欲も徐々に出てきてデザートの焼きマシュマロまで食べきれた。うまく寝付けなかったので山の環境に慣れて早く寝られるようにならなくてはと思った。2日目は昨日がつらすぎたのでとても楽に登れた。思い返すと、昨晩から頭痛がしていないので適応できたかもしれない。今回の合宿で学んだことは、地上(平地)と高地での違いだと思う。例えば、高地では吐くことを意識した深呼吸をして過ごすことが大事になるし、いかに水を無駄なことに使わないかが後につながる。今回の合宿でわかったこの違いを大切に記憶して次の合宿に挑みたい。

中1C組 きらら 初めての高山、初めての幕営
私は今回、初めて2000m級の山々を登りました。道幅は細く、人も多い。上りの時は特にそれについて考えることなんてありませんでしたが、下る時は、人が多く、狭く石が多い踏みずらいの道の譲り合いをしなければならないため、足がひっかかって躓いたり、人にぶつかりそうになって転げかけたり、そのたびに高い所から滑落しそうな恐怖を覚えました。また、それだけでなく、今までの山では体験したことのない想像以上の強烈な寒さに襲われ、もっと着込んでおけばと、高山の厳しさを教えられました。さらに、初めての高山病にかかり、二日目の朝は気分が悪くて調理に参加ができませんでした。一日目では何ともなかったのに、二日目で急になって、「高山病は寝る時になりやすい」という言葉をしみじみと感じました。初めての幕営は、今まで校内でまあまあ簡単に張っていたテントが、山では風も強く、テントを張る場所を整地したり、暗くなる前に素早く張ったりしないといけないなど、考えることもより多くてとても難しく感じました。荷物整理や料理なども、狭い空間で早く寝るためにきびきび動かないといけないため、予想以上に困難なことが分かりました。特に料理の後の後片付けが大変で、ごみを片づけたり、鍋を拭いたり、落ちているごみを拾ったりなど一人だけでやるには何時間もかかりそうな作業が多く、みんなで分担し作業をする大切さがわかりました。反省するべき点や大変なことも沢山ありましたが、それでも新しい経験をできたことや、みんなで力を合して生活できたことが、とっても楽しくて、良い思い出になりました。今後はこの失敗を踏まえ、より体力や周りを気配る能力を身に着け、山行を今回よりもさらに楽しく過ごせる様にしたいです。

中1D組 くめい 自分が成長しておく二つのこと
今回行った木曾駒ケ岳は急な斜面が多く手すりがない状態でした。ほぼ、よくは崖といってもいいぐらいの緊張感をもって挑みました。登るときに体調を崩した友達をみんなで支え合いました。私は靴紐がよくほぐれてしまいます。そんな時にも、皆は待ってくれて「大丈夫?」などと声もかけてくれました。自分は助けられてばっかじゃなくて次回はしっかり自分が助けてあげる側に成長していきたいなと思いました。山についてテントを張るときに誰かが「これどこにあるの?」などと質問をしていた時には「こっちにあるよ」といってみんなで協力しました。私はご飯を食べ終わって少し時間がたった後に頭と目が痛くなりました。自分で高山病かなと思いました。頭が痛く、夜はあまり眠れませんでした。自分は動いてないと痛いのに動いていると全く痛みを感じません。大きく吸って細く吐くという先生の教えを思い出し、できる限り意識することができました。また、衛生係として働いていましたが特にみんなけがはしていなく、安全な山行ができたと思います。帰りのバスではチケットをSAに忘れてしまいみんなに迷惑をかけてしまいました。本当にすいません。次回は油断して迷惑をかけないように気を付けたいと思います。私は今回の山行で助け合いと油断しないことが大切だと深く理解することができました。

高1C組 モハ 事前準備の重要性と2931mの山
夏期合宿木曽駒ケ岳山行についてまずは事前準備の話から書こうと思う。夏期合宿木曽駒ケ岳山行には私が経験する人生初めての高山でのキャンプが含まれていた。今回の山行はそれが一番の懸念点であった。そのため装備はできるだけよいものをそろえることにした。マットは寝心地を重視して選ぼうと思ったが、最新型の寝袋はあまりに高く父さんの許可が下りなかった。そのため、自らアウトレットに向かい、アウトレット価格で値段が半額近くまで下がっているマットを買うことで出費を大きく抑えることに成功した。集団準備については私は食事係を担当した。メニューを決めるのはあまり苦戦しなかった。理由は単純。団員が誰も料理を知らなかったからだ。自分から立候補していて恥ずかしいが私も料理をよくするほうではなかった。(中1D組カホさんは料理部ではあるが幽霊部員であった。)そのため、メニューは私が最近食べたメニューに決まった。その後は材料を書き起こすことの苦労はあったがそれは班員で協力し分担することで早く終わらせることができた。次に山行最中の出来事についてだ。山の麓まで行くバスに乗り換えるとき、40分程の自由時間があった。私は腹を満たせるものを買おうと近くのスーパーへ向かった。しかし、そのスーパーは営業していなかった。都会ではほぼあり得ないことだ。そこで私の目に入ったのは“水車”だった。と言っても本物の水車ではない。定食屋の名前だ。そのときすでに自由時間終了まで30分を切ってしまっていた私はすぐにそこに駆け込んだ。店に入るとゆっくりと優しそうな雰囲気は思わせるおばあさんが立っていた。私は彼女に似合わなないあわただしい口調で20分後に食べ終われる料理はあるかと聞いた。彼女は豹変した。あるよ、そこに座りな!これにはさすがの私も驚いた。3分もしないうちにそれは出てきた。もりそばだった。正直そばの気分ではなかったが、この際なんでもよかった。勢いでたいらげたそれは驚くほど歯ごたえがよくとても美味しかった。そばの間に挟んだ漬物は味が濃く良いアクセントとなっていた。完食時点で残り時間は15分、早食いの理論値が出たようだった。悠々と勝ち誇りながら会計へ進むと優しそうな爺さんが立っていた。いい食べっぷりだねぇ、紅茶も飲んでいきなよ。彼はそう言ってカップ一杯分の紅茶を作り始めた。まずい!これはまず過ぎる!残り時間は12分。作っている手前今頃いらないとわ言えない。幸い湯は沸かし終わっておりすぐに激熱の美味しそうな紅茶が提供された。私は提供された紅茶に手を付ける。思わず体が震えるほど熱い。しかしこの時の私にはこの震えはまるで武者震いにすら思えた。脳から出るドーパミンが舌から感覚を奪う。流し込まれた紅茶が私の食道を焼き尽くす。それでもカップは傾いたまま。私の口に紅茶を注ぎ続ける。最後の一滴が唇に触れる。唇は痛みとともに紅蓮色を増した。カップは勢い良く机に置かれた。私の戦いは終わった。爺さんにお礼を言い会計を済ませ外に出る。みんなはすでにいなく私の心は絶望に落ちた。走ってバス停に向かう。そこには私を探す顧問のス―先生の姿があった。心は再び希望の光に包まれた。顧問のター先生の注意も今は心地よい。それは私が間に合ったことを示していたからだ。ター先生、遅れてすみませんでした。キャンプ場は思ったよりも綺麗で良かった。部員のみんなと山を登るのは幸福感があって楽しかった。宝剣岳は人生初めての岩山で命の危機を感じてスリルが心地よかった。二日目の行動食について、行動食が二日目の初めから切れてしまった。これには理由が二つある一つは準備不足、もう一つはスーパーがやってなかったことだ。私は荷物が重かったため食べまくって減らす作戦に出ていた。今思うと流石に血迷っていた。近くのスーパーで買う予定でいたため大丈夫だと思っていた。しかしやっていなかった。ここで楽観主義者であることがあだとなった。行けると思ってしまった。危険な行為だったと反省している。次からはしっかりと食事を持っていきます。

高1E組 シュン
山岳部に入る前、夏に二回合宿が行われると聞き私は興味と少しの不安が募った。特に部活でできた仲間たちと一緒に山を登ることへの楽しみと同時に、自分の体力不足で皆の足を引っ張ってしまわないかという不安を感じた。その為に山に登ることができるような体力がつくように部活動に取り組んだ。合宿前の大菩薩では確実に体力が向上していっていることが分かっていたので残りの部活動でも引き続き練習にしっかりと取り組んだ。そして合宿二週間前の部活動、自分は他の用事があり、先生に少し遅れた時間に事情を話にいった。その時に登る山が変更されることを知った。登る山が富士山と言われていた時は日本一の山を登るのだから力を付けておかなくては、と思っていた。しかし山の標高が少し下がった山を登ると言われ少しがっかりした。またその山(木曾駒ケ岳)はたまたま私が以前登った山だった為、新しみを感じなかった。しかしこれまでに付けた力を活かすことができるはずなので参加してみようと思った。当日、遅刻はせずに時間に余裕を残して到着をした。山に到着をした時にも荷物をまとめて置いておき、邪魔にならないようにした。そして山を登り始めて少しした時に前の中学生の後輩が高山病にかかってしまい少し進むのに時間がかかってしまった。その時に大丈夫かどうか確認をした。宿泊施設に到着しテントを立て始めた時にもテントが飛ばないように重りとして石を使った。しかし調理時にテント内の整理ができていなかったためか作業が中学生たちよりも遅れてしまった。そして寝る時間になった時に準備をする時にもぞもぞしたり同じテントの人と話したりしてしまい他の登山者からうるさいから早く寝ろと苦情が来てしまった。これらの二つの問題はテント内の荷物の管理がしっかりとしていなかったからであるので次回ではテント設営をする時に荷物整理がしっかりとできるようにしたい。そして次の日、荷物を背負い山頂に向かう途中物凄く気温が下がり、行動が滞ってしまった。寒いと考えカイロは数個持って行って使用したがそれでもなお寒かったので次回の山行ではもっと防寒着を持って行くようにしようと思う。下山時には(登山時もだが)しっかりと他の登山者に挨拶をし、迷惑をかけることなく終わることができた。そして下山中に見かけた塩分チャージのゴミを持って行けそうだったので拾い下山後に捨て山を汚さないように行動を行った。帰りに温泉に寄ったが予定していた時間に出発ができずバスを逃し、危うく東京に帰る高速バスに乗り遅れるところだった。なので次回の山行では五分前行動を心掛けた行動をしてもっと余裕のあるものにして行きたい。
山岳部ホームページ http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/