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夏期講座「文化史総合」①
夏休み終盤の8月24日から26日の3日間、高校1年生対象の夏期講座「文化史総合~モノがつなぐ世界・モノでつながる世界~」を開講しました。普段の授業では取り扱わない美術品=モノを起点に歴史を考えてみようというのがテーマです。担当者は大学で美術史学を専攻しているため、内容は大学~大学院レベルとし、講義時間も明治大学に合わせ、各日100分×2コマに設定しました。すべてがハードな講座でしたが、13名の生徒が参加してくれました。
開講から早1ヵ月が過ぎていますが、生徒たちのコメントを踏まえ、担当者が考えたことも含めて記録したいと思います。全3回、長~くなると思いますが、お付き合いください。
初日は第1講「ガイダンス~本講座の目的・美術史学の方法~」から始まりました。本講座の軸となる美術史学には、様式論・図像分析という2つの大きな柱があります。特に様式論は、その作品がいつ制作されたのかを考える基本的な手法です。本講座では、図像分析や美術品の受容・制度など、社会的な側面を中心的に取り扱うため、ガイダンスでは各手法と美術史学の歴史を紹介した後、アクティビティとして仏像の様式分析にチャレンジしました。飛鳥時代後期(7世紀)から奈良時代(8世紀)までに制作された仏像16体を、5つの基準作(制作年や制作者が明らかな作品)と比べながら時代順に並べ替えるというものです。基本的にすべて写真を使用しましたが、基準のひとつとした東大寺金堂廬舎那仏像、いわゆる「奈良の大仏」様の台座に描かれた線刻画は、1960~70年代に直接とられた拓本(もちろん実物大)を用意し、実際の大きさを体感しながら比較してもらいました。様式比較はなかなか難しいものですし、制作年代の議論が決着していない作品も盛り込んでいたのですが、生徒たちは楽しそうに取り組んでくれました。



初日後半は第2講「「日本」と「世界」が出会うとき~世界とつながる日本・世界につながる日本~」と題して、日本と世界の文化交流について2体の「執金剛神立像」から考えていきました(権利の関係上、画像が載せられません…)。執金剛神立像は、お寺の門にいる仁王様の原形で、東大寺法華堂の作品(8世紀)が有名です。この執金剛神のルーツをたどると、ギリシャのヘラクレス像にたどり着くと考えられており、講義前半ではユーラシア大陸各地の作例を並べながら、ギリシャから日本にいたる執金剛神の伝播を学んでいきました。後半では2体目の執金剛神立像として、早稲田大学會津八一記念博物館の執金剛神立像を取り上げました。本作は岡崎雪聲という鋳金家が鋳造したもので、1893年のシカゴ万博に出品されました。岡崎の像は、龍を踏むという非常に珍しいかたちをしています。担当者はこれが西洋の龍退治物語に由来するもので、雪聲が「西洋ウケ」を狙ったのでは?と考えています。2体の執金剛神立像は同じ名前を持ちながら、かたや日本と世界とのつながりを示し、かたや日本が世界につながろうとしたことを示す作品である、というわけです。
生徒からは、「岡崎の像が龍を踏んでいるのは日清戦争が関係するのでは?」という指摘も飛んできました。確かに、龍は中国の皇帝の象徴ですし、シカゴ万博と日清戦争開戦は1年差です。深読みかもしれませんが、中国に対する意識もあったかもしれないな…と感じました。ちなみに、岡崎はあくまでも鋳造しただけなので、原型の作者は現在も不明です。この作品を知って以来ずっと考えていますが、生徒たちからの感想も踏まえ、改めて色々な作品と比べているところです。原型作者、誰なんだろう…?