鉄道研究部
春期合宿 京都・大津 杉浦重剛生家
2026年3月27日(金)
スーパーホテル大津駅前・朝食…びわ湖浜大津駅・撮影-(京阪石山坂本線)-石山寺駅・撮影-(京阪石山坂本)-粟津駅……杉浦重剛生家・見学…瓦ケ浜駅-(京阪石山坂本線)-近江神宮前駅・撮影-(京阪石山坂本線)-坂本比叡山口…ケーブル坂本駅-(坂本ケーブル)-ケーブル延暦寺駅…延暦寺・散策…比叡山頂駅-(叡山ロープウェイ)-ロープ比叡駅…ケーブル比叡駅-(叡山ケーブル)-ケーブル八瀬駅…八瀬比叡山口駅-(叡山電鉄)-宝ヶ池駅-(叡山電鉄鞍馬線)-鞍馬駅…山門駅-(鞍馬寺鋼索鉄道)-多宝塔駅…鞍馬寺・散策…鞍馬駅・撮影-(叡山電鉄)-修学院駅…叡山電車・撮影…一乗寺駅-(叡山電鉄)-出町柳駅・撮影-(京阪電気鉄道)-三条駅…夕食…三条駅・撮影-(京阪電気鉄道)-丹波橋駅…近鉄丹波橋駅・撮影-(近鉄京都線)-京都駅・お土産購入…京都駅八条口-(大新東関西旅客営業所サン アンド ムーン806便)-
2026年3月28日(土)
-(大新東関西旅客営業所サン アンド ムーン806便)-バスタ新宿・解散



春期合宿2日目は、京阪電鉄石山坂本線や叡山電鉄を乗り継いで、比叡山延暦寺や鞍馬寺を散策しました。まず、びわ湖浜大津駅へ行き、併用軌道を行き来する京津線や石山坂本線電車を撮影しました。大津港シンボル緑地公園へ行き、琵琶湖の景色や琵琶湖汽船、ミシガンクルーズなどを眺めました。

石山坂本線に乗り、石山寺駅へ行きました。石山寺は、琵琶湖から流れ出る瀬田川の右岸にあります。本堂は国の天然記念物の珪灰石という岩盤の上に建ち、これが寺名の由来となっています。「蜻蛉日記」「更級日記」「枕草子」などにも登場します。紫式部は、石山寺参籠の時に物語の着想を得たとする伝承があります。



石山寺駅で、石山坂本線電車を撮影してから、せっかく膳所まで来たのだから、杉浦重剛生家を見学しました。杉浦重剛は、明治時代の思想家です。膳所藩の貢進生として大学南校に入学するが、制度が変わり、東京開成学校に学びました。在学中に選抜され、1876年にイギリスへ留学しました。1982年東京大学予備門長となり、1885年、辞職後に主に言論・教育活動を行いました。1888年に三宅雪嶺とともに政教社設立に参加し、雑誌『日本人』を発刊しました。また、現在の日本学園の前身である東京英語学校を設立、称好塾を経営し、青少年の教育に尽力しました。1914年には、東宮御学問所御用掛となり倫理を進講しました。部員たちが杉浦重剛生家を見学すると、一冊のノートが置かれていて、その中には多くに日本学園卒業生の近況報告が書き込まれていました。杉浦重剛ゆかりの品々が展示されていました。「御進講当時の肖像」と書かれた肖像写真もありました。仏壇もあったので、部員たちはスマホで「日本学園校歌」と「日本学園創立百周年記念学園歌」を流しながら、手を合わせ「校舎の新築と改装工事が進み、校名も明治大学世田谷に代わりますが、杉浦重剛像も壁面訓も、今までと変わらず正門玄関入り口にあります。」と伝えました。



杉浦重剛生家を見学した後、石山坂本線に乗り、近江神宮前駅へ行きました。石山坂本線の車両基地がある駅です。近江神宮は、全国高等学校かるた選手権大会の会場にもなっています。アニメ「ちはやぶる」の舞台にもなっています。部員たちは、競技かるたにも、百人一首にも興味を示さず、近江神宮前駅で石山坂本線電車の写真を撮り続けました。



近江神宮前駅で電車の撮影をした後、坂本ケーブルに乗り、比叡山延暦寺へ行きました。坂本ケーブルは、1927年に開業しました。坂本から比叡山延暦寺までの2025mを11分で結ぶ日本一長いケーブルカーです。ケーブル坂本駅は、延暦寺の門前町として栄えた坂本の街に、1925年に建設された洋風の建物です。1997年に登録有形文化財に登録されました。ケーブル延暦寺駅も1925に建設されました。洋風鉄筋二階建の駅舎で、大正モダンな歴史を感じる駅舎です。登録有形文化財にも認定され、近畿の駅百選にもなっています。部員たちは、坂本ケーブルの各駅や車両を撮影し、ケーブル延暦寺駅から、琵琶湖の絶景を眺めました。





一休みしてから、遊歩道を歩き、比叡山延暦寺へ行きました。日本学園1号館の玄関ホールに、「壁面訓」が描かれています。「壁面訓」とは、「心身清潔 見義明決者 得称大日本人」、杉浦重剛先生の恩師である岩垣月洲先生の先代岩垣松苗先生の言葉です。「心身清潔にして義を見て明決する者は、大日本人と称するを得(う)」と読みます。「正直で清廉潔白な人でありなさい。正義のために行動する人でありなさい。そのような人こそ立派な日本人なのです。」という訓示です。この言葉の横に、天台導士と描かれています。天台導士とは、杉浦重剛のペンネームです。天台導士は通常、天台宗の僧侶を指す言葉です。比叡山延暦寺は、788年に最澄が開創した天台宗の総本山です。1200年の歴史を持つ日本仏教の母山として、根本中堂(国宝)を中心に世界文化遺産に登録されています。部員たちはその辺のことには気づかず、比叡山延暦寺根本中堂御朱印所で手書き(直書き)の御朱印を頂き、大講堂、阿弥陀堂、東塔などを参詣しました。




比叡山の山道を歩き、叡山ロープウェイ比叡山頂駅へ行きました。比叡ロープウェイ、比叡ケーブルを乗り継いで、八瀬比叡山口駅へ行きました。比叡ケーブルは、標高差561m、約1.3km9分間で結びます。

八瀬比叡山口駅は、1925年に京都電燈が経営する叡山電鉄平坦線の八瀬駅として開業しました。開業以来からの木造駅舎と、終着駅に特有のドーム状の屋根、トレイン・シェッドが今でも使用されています。






叡山電鉄に乗り、鞍馬駅に行きました。鞍馬寺にある鞍馬山鋼索鉄道に乗りました。鞍馬寺への参詣者のために、宗教法人鞍馬寺が運行しているケーブルカーです。日本では唯一の宗教法人が運営する鉄道事業法による許可を受けた鉄道です。総延長は200mで、鉄道事業法に基づく路線では日本一短い鉄道路線です。1車両が駅間を往復するだけの単線です。乗務員や出札係員などの多くは作務衣を着ています。部員たちは、鞍馬山ケーブルカーに乗り、鞍馬寺へ行きました。鞍馬寺は、鞍馬山にある、770年に開創した鞍馬弘教の総本山です。牛若丸、後の源義経が修行した地、天狗伝説で有名です。本殿金堂前はパワースポットとして有名です。


部員たちは、鞍馬寺を参詣した後、階段道を下り、叡山電鉄鞍馬駅へ行きました。鞍馬駅の駅舎は寺院風の木造建築であり、京阪鴨東線開業時に改築されました。駅前に天狗のオブジェがあり、構内にデナ21形電車の先頭部と動輪が保存されています。駅舎構内では、ピンバッジなどのオリジナルグッズが販売されています。


鞍馬駅を見学した後、叡山電車に乗り修学院駅へ行きました。修学院駅は、車両基地のある駅です。修学院駅から一乗寺駅まで、線路に沿う道路を歩きながら、「きらら」や「ひえい」を撮影しました。「きらら」は、1997年に予定された京都市営地下鉄烏丸線の国際会館駅延伸により、通勤、通学定期券客が烏丸線に移ると予想され、その対策として沿線外から鞍馬、貴船などに観光客を呼ぶ電車として構想されました。「紅葉を観るために乗りに来ていただく車両」をコンセプトに外観、内装を近畿車輛デザイン室が取りまとめ、武庫川車両工業が製造を担当しました。ガラスを多用した車体が水晶のようにきらめくことなどから「きらら」の愛称がつけられました。1998年度の鉄道友の会「ローレル賞」を受賞しました。「ひえい」は、京阪グループの経営戦略のひとつの比叡山・琵琶湖を周遊する観光ルートの活性化の一環として、叡山本線への新たな観光用車両として導入されました。当初は900系「きらら」同様のパノラマ車両も検討されましたが、比叡山と鞍馬山の2つの霊峰のイメージを、楕円形という2つの中心を持つ図形をモチーフとして表現しました。導入から30年たち、改修の時期となった700系のうち732を改造しました。「ひえい」の愛称がつけられ、2018年度グッドデザイン賞、2019年鉄道友の会「ローレル賞」を受賞しました。

叡山電車の写真を撮ってから、出町柳駅へ行きました。出町柳駅は、叡山電鉄の駅開業時点から1976年までは、京都市電今出川線の加茂大橋電停が駅前の今出川通にありました。今出川線が廃止されてから京阪電気鉄道鴨東線が開業するまでの13年間、他の鉄道と接続しない孤立した駅でした。京阪鴨東線が開通してから、叡山電鉄の乗客が随分と増えたそうです。出町柳駅を撮影した後、京阪電気鉄道三条駅へ行きました。鴨川を渡り、三条通りをまっすぐ歩くと、凄い繁華街となっていました。三条駅近くの飲食店街にある一乗寺ラーメン店でラーメンと餃子を食べました。夜桜が綺麗でした。

三条駅に戻り、ホームから京阪電車を撮影しました。2200系リバイバル塗色車両を撮影してから、京阪電鉄特急電車8000系 (エレガント・サルーン)に乗り、丹波橋駅へ行きました。4号車2階建てダブルデッカー車にも乗りました。

近鉄丹波駅へ行き、近鉄特急伊勢志摩ライナーなどを撮影しました。5800系電車、L/Cカーに乗って、京都駅へ行きました。L/Cカーは、混雑時は窓に平行して座席が並ぶロングシート、閑散時は回転式クロスシートに変更される「デュアルシート」を配置した車両です。

京都駅でお土産を買い、コンビニエンスストアでジュースなどを買い、夜行バスに乗って帰京する準備をしました。ジュースを買っているうちに、お土産店街が全店閉店しました。結構危ないタイミングでした。八条口観光バス乗降場へ行くと、バス会社のスタッフの方々が案内をして下さっていたので、迷うことなく予約したバスに乗れました。帰りはバスタ新宿まで熟睡出来ました。今回の春期合宿は大変忙しいスケジュールでしたが、天気にも恵まれ、楽しく電車を乗り歩くことが出来ました。
中3B組 こーすけ 今日は朝一番に琵琶湖を望んだ。日本一との名も一目見たらすぐ理解した。海にしか見えない。そこでしばらく景色をみたあとに移動し杉浦重剛の家を見た。その家の周りの地名が杉浦町になっていてすごい人なのだと改めて感じた。その後も比叡山延暦寺を訪れたようにこの2日間で多くの1人で行くにはできないような経験ができた。このような経験は部活動で行くからこそのものもあると思えてよかった。
高1C組 マキ まずは琵琶湖を訪れ写真などをとった後に、石山坂本線に乗り杉浦重豪宅を訪れた。思ったより庭は広く建物は木造でレトロ感があった。その後鉄道をとりながら延暦寺に行ったり、ケーブルカーに乗ったりしながら合宿を終えた。初めての物が多くとても充実した合宿になった。
高1E組 トモ 今日は朝から琵琶湖を見に行きました琵琶湖を近くで見るのは初めてだったので想像以上の大きさにびっくりしましたその後石山坂本線に乗り杉浦先生の家を見学しに行きました昔のまんま残っておりタイムスリップしたような空間を楽しみましたその後は延暦時から比叡山頂まで山道を歩きました自然が好きな自分としては都会から解放されいい気分になりました道は少しきつ区間もありましたが楽しく歩きましたその後叡山電車に乗り日本一短いケーブルカーのある鞍馬に行きましたここの帰り道も面白い道だったので歩いていて楽しかったです歩き終わったらまた叡山電車を撮影しながら出町柳まで行き京阪電車に乗り換え復刻塗装になった2216Fを撮影し最後に近鉄を撮影して一日が終わりました。今日は乗ったことない路線が多く新鮮でいい一日でした。
高1F組 サー まず石山坂本線に乗る前に琵琶湖に訪れた。琵琶湖周辺は石のタイルで舗装されており、びわ湖浜大津駅周辺建物が多く建っており、ある程度交通量があることは分かった。杉浦重剛宅は木造で畳が敷かれており、宅内には小さい庭があった。戦前からの建物が令和の今日まで残っているのでよく解体されないなと思った。比叡山延暦寺に向かう道は急な坂道が多く、歩くのが少しきつかった。歩いた所は山の中であったのでほんとにここを歩けば辿り着けるのか?と疑問に感じた。延暦寺見学後はロープウェイの比叡山頂に向かったが、今回の合宿で1番ハードだった。歩いた所は山の中であり、足元が不安定な所が多かったが、今回1番楽しかった所であった。鞍馬寺では日本一短いケーブルカーに乗った。日本一短いのか車両も比較的に小さめであった。最後は三条で京阪線を、近鉄丹波橋で近鉄線を撮影して今回は終了した。近鉄線は去年も撮影できたので2年連続で撮影できてよかった。この2日間は色々な経験ができた。来れたら来年もまた関西に行きたい。
鉄道研究部・山岳部HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/