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「入学おめでとう~いまを生きる、永遠を生きる 」高校1年学年主任(国語科)

投稿日2026/4/8

新入生・保護者の皆様、高校ご入学おめでとうございます。 
人生において新しいステージへ進みます。高校生活は3年間、全員に同じ「時間」が与えられています。 
そこで、今日はあらためて「時間」について考えてみましょう。 

私たちは「永遠を」生きることは可能でしょうか? 
できる限り健康に留意して長生きするとか、医療技術の進歩により不老不死の身体を手に入れるなどという話ではありません。人はいつか死ぬ。そのような有限の時間の中で、永遠・無限に生きるとはどういうことか考えてみたいのです。 

私たちは二つの時間感覚の中で生きていると言えます。 

一つは「有限の時」。 
人生は有限であるということは誰もが知っています。いつかはすべて終わりを迎えるという予感は誰もがもっています。有限であるからこそ、何かを残さねばならないなどと考えて気張ったり、時には焦ったりもするのです。 

もう一つは「無限の時」。 

人生は有限であると自覚しつつも、それでも人は「いまという一瞬は永遠に続くだろう」と思いながら生活しています。生きている限り、いまという一瞬は確実に存在しているからです。いまという一瞬が永遠に続くだろうという感覚は、特に楽しいときに意識しやすいと思います。いつまでも動画を見続けたりゲームをやり続けたりするのも、時間は有限であるということを忘れ、一瞬が永遠に続くという感覚があるからに他なりません。 

私たちはこのような時間感覚をもちながら、日々生活しているのです。 
「有限の時」「無限の時」どちらが正しい時間感覚というわけではありません。また、有限なのだから時間を無駄にするな、などとお説教をしたいわけではありません。 

今という一瞬は永遠に感じられる。そして、有限である人生は、今という一瞬の積み重ねでしかありません。その一瞬に生きる。永遠に感じられるその一瞬、「いま」を確実に生きる。これが「永遠を生きる」ということだと私は考えます。 

いまという一瞬を生きることは、生を永遠のものとする、と言えば少々格好つけすぎでしょうか? しかし、生徒のみなさんよりも3倍以上長く生きて、すでに人生の折り返しを過ぎた私はそんなふうに考えるのです。 

二度とはない「いま」を懸命に生きる。それは永遠なる生につながる営みなのです。いまここに集った入学生、明治大学付属世田谷高等学校のフロントランナーとしての日々が始まります。ワクワクもしますし、ドキドキもするでしょう。しかし、いまこの瞬間を確かに生きてほしい、どんなことでも全力で努力してほしい。かけがえのないこの瞬間をともに懸命に過ごそうではありませんか。以上、私から皆さんに贈る言葉とします。 

桜の花の命は有限だけれど、咲いている瞬間の美しさは永遠に感じられる。