News&Topics
夏期講座 ワークショップ「『寝ながら学べる構造主義』を読む」を行いました。 高1学年主任(国語科)
7/16(木)17(金)の2日間、高1の生徒対象に夏期講座を行いました。
1学期の現代の国語の授業で、内田樹の「ことばとは何か」というテキストを読み、この本を紹介しました。
「電車の中でスマホばかり見ていないで、こういう本を読んでいたら『あら、素敵な高校生!』ってなるよ」と。
それでせっかくなので、こういう哲学や思想に関する本に対して、触手のハードルが少しだけ下がるような講座ができたら面白いなと思い、ワークショップを企画してみました。
期末テストも終わってホッと一息というこの時期に集まった「殊勝で奇特な」生徒は16名。
いやあ、素晴らしい。
「構造主義」と聞けば、なんかおっかねえなと感じますし、思想自体は確かに難解ではあります。しかし簡単に言ってしまえば、私たちが常識と考えているものを疑ってみよう! ということです。
講座初日は「自分の髪型はなぜそういう様相なのか」というところから始めて、主にミシェル・フーコーを中心に取り上げました。
2日目は自分たちの言葉遣いについて見直し、ロラン・バルトの知見を借りて文章表現に取り組みました。
2日間にわたって、人間がいかに制度や歴史、言語、といったシステムやルール(これが構造!)に縛られているかということを発見したり、見つめ直したりすることができたら、構造主義が少しだけ身近になったかなと。
以下に参加した生徒の感想をいくつか。
⚪︎授業を受ける前で本しか読んでいなかった時は、構造主義がフロイトだかソシュールだか何だかかんだか、読んでてすごく確かにと思えるような内容ではあるけど、複雑でとても頭を使った内容だったので上手く理解できていませんでした。けど、授業を受けたことで、私たちの思考は自由なようで言葉という記号に縛られていることや、容姿や一人称などによって自分たちの選択を無意識でそれらに合うものだけに制限してしまっていることなど、構造主義を掲げる人たちが何を言いたかったのか何となくわかった気がします。このような難しい内容を、私たちの髪型の選り好みや無意識で選んだ昼食や相手の一人称などで面白く分かりやすく表現してくれていてすごく楽しかったです。私も哲学的な思考について考えるのが少し好きだったので、すごくためになりましたし、そういう思考もありだなと認識の幅を広められてとても良い機会になりました。受講して良かったです。
⚪︎今回の授業を通じて、私たちの持っている自由は本当の自由ではないのかもしれない、縛られた中で選んでいる自由なのではないかと思った。私たちを制限しているのはまぎれもなく集団で行動しているからであり、しかし私たちは自ら望んで集団行動をしている。だから私たちは自ら望んで自由を制限されているおかしな動物なのではないか。人間が少し怖くなった。
「人間はなんて不自由なんだ…」と嘆く必要は全くなく、構造主義の考えを知って、「そういう思考もありだな」と、その都度自分たちの思考や行動の有り様について見直してみる。
そうした生徒たちの実践の日々に寄与できていたら嬉しいです。
以上、教師の「エクリチュール」強めで書いた報告でございました。
PS 参加生徒が「ギャルのエクリチュール」でリライトした芥川龍之介の「羅生門」の冒頭が、出色の出来なので載せておきます。なお、断っておきますが、本人は「ギャル」では多分ありません!


