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文化祭の展示「明大世田谷の源流―校祖・杉浦重剛を知る―」 資料管理委員会

投稿日2026/9/10

本校は今年4月から明治大学付属世田谷中学校高等学校として新しい歴史を歩み始めましたが、本校の歴史の源流をたどってゆくと1人の人物に行きあたります。

今年の文化祭では資料管理委員会の企画で本校所蔵の貴重な資料をもとに、本校の歴史と校祖である杉浦重剛に関する展示発表を行います。

【会期】2026年9月12日(土)・13日(日)
【会場】明治大学付属世田谷中学校・高等学校
1号館2階「ラーニングコモンズ」と「メモリアルギャラリー」

<第1会場(ラーニングコモンズ)>「学園141年の軌跡」
1885(明治18)年に杉浦重剛が東京英語学校を創立してから日本中学校・日本学園中学高等学校を経て、現在の明治大学付属世田谷中学校高等学校に至るまでの歴史をパネルで紹介します。

<第2会場(メモリアルギャラリー)>「校祖・杉浦重剛を知る」
明治から大正にかけて著名な教育者・言論人であった校祖・杉浦重剛の生涯をたどり、その人となりを紹介する様々な資料を展示しています。

今回の展示資料の中には杉浦先生が1914(大正3)年から7年間、東宮御学問所御用掛として皇太子(のちの昭和天皇)に倫理を教えた時の分厚い講義草案が展示されています。

杉浦先生は1888(明治21)年に三宅雪嶺らの政教社の結成に参加して雑誌『日本人』を発刊するなど、教育者というだけでなく言論人としても活躍していました。それでも民間の一中学校長が皇太子の教育係に選ばれたというのは、当時として珍しいことだったと思われます。

杉浦先生の教えが、昭和天皇の人格形成にどのような影響を与えたのか興味深いテーマです。

また杉浦先生は、外務大臣としてポーツマス会議の全権をつとめ、条約改正を実現した近代日本を代表する外交官の小村寿太郎と親しかったのですが、その小村との交流を示す資料も展示されています。

杉浦先生は日本人の国民性や伝統文化を重んじる「日本主義」を唱えましたが、若い頃はイギリスに留学して化学を専攻した人で、本校も最初は英語学校として創立されました。
現在の明治大学付属世田谷中学校・高等学校の教育の柱となっている「国際理解教育」「キャリア教育」「理数教育」の萌芽を創立時に見出すことができます。

文化祭に来場される皆様は、ふだんは生徒たちが集まって学びの時を過ごす「ラーニングコモンズ」とその隣の「メモリアルギャラリー」にぜひお立ち寄りください。

資料管理委員会の展示で本校の歴史に思いをはせていただくと共に、これからの本校の歴史を創ってゆく生徒たちの展示や研究発表、演劇、ステージなどを通して、「今」を生きる生徒たちの姿を見ていただきたいと思います。